2007年11月30日金曜日

メディア

金曜日: 目は相変わらずしょぼしょぼするが,体調は今の自分にはいたって普通.結局昨日は雨が降らず,明け方頃少し地面を濡らした程度だった.雨が降れば庭の水撒きが不要なので,家内が喜ぶ.入院前は,あまり家にいなかったので,物理的に無理だったが,今なら手伝える.次の休薬期間に久しぶりにやってみようか.

今は24時間家にいるので,必ずしも全員は揃わないが,3食とも家族と食べる.もう20年以上暮らしていて初めて気づいたのだが,皆まず食卓につくとテレビを点けるのだ.もちろんまわりにも,そのような知り合いや友人がいるので不思議ではないのだけど,ちょっと驚いた.まあ家内が,食事の時にテレビを見ながら一家団欒していたというのは聞いていたので,きっと子供達もそうなんだろう.

自分の小さい頃は,そもそもテレビのないところで食事をしていたし,移動してテレビアニメを見ながら食事をさせてもらえるのは,本当に特別なときだけだったので,所謂テレビっ子ではない.ハリスの風も巨人の星も明日のジョー(古!)も皆少年マガジンで読んでいた:笑.なので,小学生の頃「昨日のテレビみたか」的な話題には,かろうじてついて行けた.テレビは見てないが,ストーリは知っているので,適当に合わせる.ときどきアニメと原作が違うときや,アニメの方が原作より先に進んでしまうことはあって苦労もしたが:笑.

といわけで,今もテレビはそれほど見ないのだが,工業製品のハイテク化には興味があるので,それなりの装置は家にはある:笑.また,自分にとってテレビは,音楽やスポーツのライブ中継や,まれに映画,特別番組を見るためだけにあるのだ.それでも入院してから,野球のクライマックスシリーズ,日本シリーズ,アジアシリーズ,サッカーの五輪予選,にアジアクラブチーム選手権,東京女子国際マラソン,千葉国際駅伝,男女バレーボールワールドカップ.女子フィギィアの GP シリーズ,など,(全時間ではないけど)殆ど見ているね:爆.これも休職中の特権?

視聴率重視で構成されているいろんな局のスポーツ中継に辟易とすることもあるけれど,まあ平均的には楽しんでいるかな.それにしても,テレビを含めたいろんなメディアの流す報道が我々に与える影響は非常に大きい.今日たまたま同じ日に謝罪会見した,横綱や若気の至り丸出しの弟ボクサーなんかも,それぞれ過程は全く違うが,メディアによってより悪い方悪い方に追いやられ,利用されている気がする.(それにしてもあの兄弟は言葉遣いで損してるね.マジにできないのか,メディアの先導なのか)

病気になって初めて,ガンという病気が,それこそ毎日のように何かのメディアで取り上げられていることに気づいた.朝日新聞ではいろんな患者さんの治療や生き方が連載されてるし,何週間か前には,それこそうちの大学病院の外科教室の教授(王選手の主治医の先生)がインタビューに答える形で,胃がんの治療に関する,全面広告が出ていた.その他,テレビ,週刊誌,映画...いやはや.今までは当事者意識がなかったから気づかなかっただけよ,と家内は言う.

で,読まない訳ではないのだけど,正ならいいけど負のスパイラルに落ちると嫌なので,読むとしても斜め読みだ.そんな中,直接はガン治療には関係ないと思うが(ガンの遺伝子を持っているという意味では関係あるのだが:笑),日本で世界初の「万能細胞」を作ることに成功したニュースはちょっと心にしみた.(自分より若い先生で,皮膚科の先生であることにも驚いた.)

今晩はミキティが出るらしく,娘と一緒にフィギアを見ることになっている:笑.

2007年11月29日木曜日

休職

木曜日: 今日も曇り.雨になると新聞に書いてあったが,ずっと曇り.曇り空の中少しだけ散歩に出かけた.第2クールに入ってから天候が悪くなった.なんかこちらの気分にもシンクロしている感じだ.このところ重々しいことばかり書いた気がするので,今日は気をつけよう.

昨日の教授会で年度末まで約半年間の休職が認められたそうだ.終わりの時期ははっきりいって誰も分からない.主治医の先生によれば,薬と体の相性によって,薬の効く人にはあっと言う間に腫瘍がなくなる場合があるし,効かない人には長期戦が強いられる.なので半年と言うのは,先生のこれまでの経験から来るものなのか,切りよく年度末にしたのか,適当に書いたのか,全く不明.3月31日までというのは,個人的にはちょうど良い頃かなと思う.すべてがリセットできて4月1日からスタート.これが今の目標.

ところで,教授会では休職とでたが(これは慣例的にそう報告),実際は病気療養のため「休職」ではなく「欠勤」扱いが,規約に基づいた書類上の処理となる.実際に提出したのも欠勤届けである.両者がどう違うかと言えば,長期の病気療養の場合はまず欠勤扱いとなり,勤続年数により有給となる期間が決まる.自分は10年選手なので,その場合20ヶ月までは療養できるそうだ.(給料は本給+家族補助,住宅補助だけになり,それ以外の手当はなし)

で,上記欠勤による有給期間を超えて,更に療養が必要な場合は上から「休職」を命じられる.この時休職できる期間は更に20ヶ月で,この場合もおよそ有給が認められるみたいだ.そうでなければ家族が食べて行けないし,治療費も馬鹿にならないからね.ということは計40ヶ月(3年4ヶ月)は療養できるってことか.こんなに休めるものなのか,と驚いている.他の大学もそうなのかなあ.数字自体にはあまり実感がわかないが,このような大学のバックアップがあるのは安心できる.でも,まあ取りあえずは,4月1日のリスタートが目標だ.(また同じことを書いてる:老人力だね)

老人力と言えば,夜寝のときに必ず小便のために一度目が覚めるようになった:笑.痛みで目が覚めることはなくなったので,それは嬉しいのだけど.というのも第1クールで腎機能が落ちたため,意識して水分をとってるからだ.日頃からそんなに水をとる方ではなかったが,入院時は胃の調子も悪く1日1リットルもとれなかった.で,看護師長さんや栄養士さんにこの点を強く叱られて退院した.ポカリスウェットのお湯割り作戦に変えて,今は1日1.5リットルは飲めるようになった.たかが飲むだけが結構難しいのだ.目標は第2クール修了までに2リットルにすること.

入院時に遡って欠勤にしたため,やはり遡っていろんな申請書の書き直しが必要で,秘書さんが大変らしい(御免).何せ休職中は大学にはいてはいけないそうだから.この件で,昨日今日色んな方から連絡をいただき,改めて大学のシステムはよく考えられていると思った.何でもさささっと規約が出て来るのだけど,頭ごなしに適用というよりは(そうかも知れないけど),皆で頭をひねって,最適解をいただいている気がする.これはウチの大学のいいところかな.

来週から国際会議が始まり,うちの修士学生も参加する.この2,3日は彼らのプレゼン資料の作成や解析の相談に大わらわだった.学生は夜型,こちらは朝型(というか朝のみ)で,うまくかみあって何とか間に合いそうだ.来週は点滴再入院の予定なので,ベッドの中からエールを送ることになるだろう.頑張れ.

2007年11月28日水曜日

楽観主義

水曜日: そろそろ薬の効果が蓄積されてきたのか,副作用の方もちらほら感じるようになってきた.肌がややカサカサになり,接触部が痒くなったり,頭が痛くなったり,でもその程度だ.気分が悪くて寝込むことはない.1回目の経験から吐くことはないとわかっているし,食欲も左程減退していない(でも体重はどうしても減って行くね).また集中力の持続しないので,朝寝,昼寝,夜寝の時間が早めになり,その分良く寝ている.TS-1 に体が慣れて来たのか,それが良いのか悪いのかはわからない.

あなたは Optimist か Pessimist かと問われれば,究極の選択をせまられると Optimist かなと思う.「最後はなるようになるさ,喜楽に行こう」派なのだろう.でもそこに至るのは随分ぎりぎりの時点で,実際仕事や学生の指導の時には,常に最悪のパターンを考えて(特に悲観というわけではないが),その上で作戦を考えて,最終的に「Take it easy.」となる.ここまで来ると,「何とかなる」レベルが結構落ちているので,おおよそすべての結果はオーライである:笑.

ここ一番の団体戦ラストでの試合や,人前でプレゼン(国際学会発表,ギター,歌:笑)など緊張するときは,自分が出来ないことはしない(無理なことはしない),自分ができることだけを誠実にやる,と言い聞かせた上で「なるようになる」と開き直る.結局はどれだけ,意識しててもしてなくても,自信があるのか,ということだと思う.だから自信のないことに対しては,もう凄く悲観的になり,その分早め早めに準備することになる.とまあ,別に特別なことでも何でもない話だが,これでずーっとやってきて,いろんなイベントに対するスケジューリングや危機管理能力は高まった気がする.

ところで,この病気は,結果およびそこに至るプロセスに対して医者の方も含めて誰も確固たる「自信」を持てない点で非常に特殊だ.また最悪のパターンを考える(時々は考えるけどね)ことは精神上よろしくなく,そうそう凹んでもいられない.患者も医者も,できる限りのベストを尽くしたという自信をもって臨めるならば、後は positive な意味で「なるようにしかならない」と結果を受け止めれるのかと思う.主治医の方は治療にベストを尽くしていただき,こちらは治癒にベストを尽くす.

息子に「誰にも経験できることではないことを経験してんだから,ありがたく思わなきゃ」と軽口をたたかれ,第1クール後の細くなった記念?写真を見ていたら,娘から「おお遺影か」とからかわれ,きっと(多分ね)二人とも「治る」と信じてくれている,あるいは「治らない」なんて思ってもいないわけで,それがまた自分に力を与えてくれることになる.この Critical な病気には,間違いなく,周りからの encourage が大きな活力になる.本当に感謝でいっぱいであり,逆に復帰できたなら,自分がお返ししなきゃと思う.

来週から始まる京都の国際会議に参加する UCLA の友人が,移動の合間に横浜に寄る,とメイルをくれた.もう嬉しくて泣けてくる.また 2008 年度に ECN の修士学生に続いて,MIT の博士学生やが,自分の専門分野(計算力学)を学びに日本に来たいとメイルをくれた.来年のことを語ると鬼が笑うかもしれないが,また今は大学を休んでいるので手続きが面倒かも知れないが,「何とかなるわいな」と受け入れることにした.good luck.

2007年11月27日火曜日

水紋

火曜日: 今日は曇りだ.極めて残念.太陽がくれるエネルギーは大きいと実感する.さて,昨日は副作用は少々の頭痛を感じた程度で収まり,2日目を迎えた.下痢については完璧に克服し,食欲も十分に戻ったが,これからまた腸壁が傷むかもしれず,ここは油断しないで,地道にいくことにする.正露丸はやっぱりいい.

といいつつ,昨日は息子が家におり自分以外の夕食はステーキだというので,少しだけご相伴に預かった.鶏肉以外の肉は久しぶりで,サイコロ状にカットされた肉をいただいた.何を心配しているかと言えば,胃の中にいれた瞬間に痛みが来ないかとか,やはり油はどうしても使うのでまた下痢しないか,とか.

結果的に問題なく,そのまま今日の昼食でも,昨夜の分の残りを食べることになった:笑.久しぶりに食べるお肉は美味しいね.塩でささっと焼いてポン酢で食べる.工夫を重ねて料理してくれる家内に本当にありがとう.これで思い残すことなく:苦笑,また魚と大豆の生活に戻れる?

ところで,少なくとも「痛み」に関しては,今のところ殆どなくなった感じだ.自分で驚くくらい続いているのブログ(遠い昔1日坊主であった)から,過去の痛みに関する記述を拾うと,

・時折,食べ物を飲み込んだとき,特に大きなものを飲み込んだとき,お茶や水で流し込んだときに,メカニカルに刺激するのか,この2,3日,鋭い辛い痛みが走るようになった.(10月27日)
・よっと体を起こす時,背中の痛みに加えてメカニカルにお腹の痛みも生じるので,この瞬間が病人みたいで(病人か!)情けなくなる.(10月23日)
・昨夜は鈍いような漠然とした痛みではなく,キュッとしまるような,感覚が鋭敏になっているような感じで目覚めた.痛いというよりは不快感.(10月20日)

1ヶ月前と比べると良い方向に向かっていることは実感する.加えて定常的な胃の重さや鋭い痛みも今はほとんどない.もちろん,違和感はまだ残っているし,体内の化学反応は鋭敏に感じる.もうかなり敏感に胃腸内の動きを把握でき,そろそろガスが胃に充満し患部を刺激するぞ,とか一気にお尻までガスが伝播し?,そのまま抜ける(おならではない,微妙に違う,臭いがない).などが分かるようになった:笑.

とはいうものの,余り浮かれないで,毎日,寝ぼけながらイメージを持って患部と対話をするようにしている.これまでのイメージは赤く燃えてたり,激しく振動していたりしたいた.今朝のイメージは,静かに水紋が広がる感じ.かなり大人しくなったかな.このまま良い子になって欲しいものだ.

2007年11月26日月曜日

第2クール突入


月曜日: 朝起きて早速,外の空気を吸いに外に出た.まだ夜明け前で薄暗い.寒さには強いので余り気にならない.ふと家の正面にまん丸の太陽が,と思ったけど,これは月だ.満月だったんだ.今日は満月を見ながら深呼吸をして(近くのおばさんが不思議そうにみてた.)部屋に戻った.

朝8時半 TS-1 を服用した.3カプセル.およそ12時間後夕食後にもう3カプセル服用する.今朝も起床後の体調は十分.目は相変わらずショボショボ涙目だけど.TS-1 は腸壁を壊す可能性があること,様子を見て適宜事前対応(下痢止めなど,僕は正露丸派;笑)するように伺っている.

今診てもらっている先生は,不要な薬は飲むな,タイプの先生で,腫瘍以外の病状には自分で考えて自分で対処しなさい,てな感じである(悪く言えば抗がん剤以外興味ない?苦笑).とても自分の性格にあっている.一応胃を守る薬他は貰っているが,自覚症状に応じて家内と相談しながら,服用している.

だいたい TS-1 を服用して2時間くらいで,(仕事等をしていると)頭が痛くなり,やや気分が悪くなることは分かっているので,その前に先手をうって寝ることにしている.今日は初日のせいか,午前中は床に入っても左程気分は悪くなかった.

治療を再開したので,昼食後散歩に行こうか迷った.寝て体力温存か,外に出てエネルギー(何の?)充填か悩んだが,やはり外に出ることにした.免疫力低下ももちろん気になるが,しっかり抗菌すれば大丈夫と,家内も賛成してくれた.なるべく人のいるところは避け,コンビニで用を済ます程度,坂はなるべく上り下りするよう心がけて20分程出かけた.

ところでうちの研究室のホームページが刷新されたようだ.以前はバリバリに Flash を使ったページで,担当者が卒業したら,殆ど誰も更新できなくなった:苦笑 ので,もっとシンプルで見やすいものに変えてもらった(まだ Flash は使ってるみたいだけど).とても良い(自己満足).

新しいページでは,特に people のところが気に入っている.先生以外は皆研究室 T シャツを着て笑っている.先日,今すぐ外出できるとしたら何処で何をしたいか,考えた.いろいろ願望はあるけど,今はやっぱり一番は大学に行って研究室のメンバーに会いたい.この第2クールが終わる年末には顔を出せるように頑張る.

2007年11月25日日曜日

第1クール終了

日曜日: 今日も晴天,体調はまずまず.昨日は朝寝ができず,ずっと起きて動いていたので,今日はやや疲労が貯まっている.身体全体というよりは,心なしか胃腸が元気のない感じ.動こうとすると,ちょっと待てって言われているような.明日からの化学療法に身体も緊張しているのかしらん.

昨日先生からは,年末はどこかに行かないのですか?,是非出かけた方が良いですよ,と言われた.普通は大阪の母のところに家族で帰っている(子供達は,お金をせびりにプラス年に1度のすき焼きを食べに帰りに:笑)が,今年は娘が受験のために,帰省する予定はなし.まあ年末,正月は家でのんびり(つまり今と一緒?)することになるだろう.

こちらの甘い?考えでは,2月にはだいたい目処をつけて,3月は(無茶苦茶酷い状況でさえなければ)ハワイの学会に参加しようと考えている.まあ実際は学会という名目で,ゆっくりと海辺で療養したいだけなんだけど:笑.と,横で家内が,このまま3クール,4クールいけばちょうどシスプラチンの日と重なる!と夢のないことを仰る.まあこの位余裕が出たということで.

ちょうど第2クール開始に併せて京都で国内学会が始まり,2週目の入院シスプラチン投与と同時に国際学会がこれも京都で始まる.どちらも研究室ではメインイベントだったので,不参加は非常に残念.もちろん,いずれも助教さん達や研究室のポスドクや院生が切り盛りしてくれるので心配していない.両学会の盛会を祈るとともに,研究室の皆の健闘を期待している.

明日から第2クールが始まる.だいたい第1クールで要領はつかんだので,今回は先手先手で対応できるような気がしている(いつも考えが甘いけど:笑).寝る時間が増えるが,それに備えていただいた(感謝!)本や DVD が積まれている.ともかく学生も先生抜きで頑張ってるので,こちらも前向きで頑張る.

2007年11月24日土曜日

第2クール前の外来診察

土曜日: 今日も体調はいい.一つ気になることがあるとすれば,今週くらいから目がやたらショボショボするようになった.初めはあまり気にならなかったが,最近は涙目でモニターを見て本を読んでいることもある.もしかして花粉症?うちの家族は,自分以外全員花粉症だが,ここ数年花粉が出始めた頃になると,鼻が反応するようにはなってた.先週くらいから家内が飛び始めている,と言ってたし,毎日樹木たっぷりの公園にいてるので,その可能性はあるね.まあ実害は今のところない.

今日は午後12時ぴったしから病院で外来検診.下痢にはあせったが,今日に備えて体調を整えて来た.特に前回の検査では腎機能が落ちているということで,食事内容には気をつけたし,水分をできるだけとるようにした.振り返ってみると,35才くらいまでは,卓球の試合前に怪我をして(足や腰や肩など色々),如何に試合の日までに治すかとか,コンサート当日や貴重な練習日の前に,喉が痛くなり,声がでなくなったときに,必死にのど飴やここ一番の抗生物質を投与して,なんとか急場をしのいだとことを思い出す.

予定どおり9時に出発し,高速も左程込まず10時前には到着.駐車場待ちをしている間に前回の反省を活かして,先に受付を済まして採血.土曜の朝はやはりすごく患者さんが多く,色んな方がいて思わず席を譲らなきゃ,とか考える.採血の流れはよく10時半過ぎには終了.お昼には早いし,どうしようかと家内相談し,この病院で最も新しい棟の最上階が眺めがよく,レストランもあるというので,見学に行くことにした.

写真はその新棟から見た,新宿の高層ビル群.いやあ奇麗だ.その反対側は新宿御苑?が見えるという話だ.最上階には,三田にあるキャンパス同様,高級シティホテル直営のレストランがある.いい値段だ.成る程,この新棟の個室は高い筈だ.ここに1ヶ月も入院すれば,ボーナスが丸々無くなるのもわかる.と早々と退散して,病院横のレストランでうどんをいただいて,診察室へ.

今日いつもの内科外来ではなく,普段我々が定期健康診断で胃カメラやバリウムを飲むところで特別診察.この病院の化学療法の責任者でもある先生から,採血の結果をうかがう.焦点は第2クールの治療をどうするか決めること.腎機能が落ちたままだったら,シスプラチンだけでなく別の薬(髪の毛が抜ける!)を使う予定だったが,幸い無事回復(やった!)していた.

ということで,第2クールも薬は変更なし,になった.ただし腎機能を落とさないように,シスプラチンの投与前後にたっぷりと水分を体内に流すことになり,12月の3日から2泊3日で再入院することにした.その方がこちらも安心だ.先生とは様子を全部話すことを約束しているので,ひどい下痢をしたこと,薬を飲まなかったこと,この1週間は調子がよかったこと,等を話し,先生からは,何故腎機能が落ちるか,下痢をするかの話をうかがった.やはり抗がん剤恐るべし,という印象だ.問診してる限り効果が出ていそうなので,第2クールの間に CT をとることにもなった(ドキドキ).

今日の予定外は,薬をもらうのに2時間まったこと.その間に,同僚からいただいた本を読み始める(陸上競技もの).目が疲れて来たところでようやく順番が来た.今日は夕方から研究室 OB の助教さん達が家に来るので慌てて家に戻り.1時間半ほどいろいろ打ち合せをした,1ヶ月ぶりの再会で話がはずむ.終わった頃にはどっと疲れが出て,そのまま2時間程寝た.いや,疲れたけど充実した日だった.明日は1クール目最終日休薬最後の日である.晴れるといいな.

 

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